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    これぞお役所仕事という感じ。

  • 2010.08.08
  • 100歳以上のお年寄りが行方不明になっている問題が勃発してから、メディアはその問題を大きく取り上げ、その甲斐あってか(?)全国で次々と行方不明となっている人が発覚、その数は近々に100人を超えそうな勢いです。昨年9月時点で全国の100歳以上のお年寄りは4万399人ということですから、それに占める割合でいったらわずか0.2%ほど。「平均余命の数値が違ってくる」という声も出ているようですが、このことだけでそう大きな変化が起こることはないでしょう。ただ、100歳以下であっても同じように行方不明の人は当然のことながらいるわけで、そういった人たちがいったい何歳で死亡したのか(あるいは失踪宣告→死亡宣告となったのか)がはっきりしてくれば、その数値は揺らぐ可能性はあります。まぁ、平均余命を算出する側としても、ある程度の誤差は計算式に入れているでしょうから、さほど懸念する話でもないのでしょうが。

    で、平均余命はさておき、これだけの行方不明者が公然と「生きている」という扱いを受け続けていたことには驚愕します。確かに、自分の親戚筋すべてを把握している人(極端に少ないとかは除いたとして)は、それも面会や電話などを頻繁にしている人というのは少ないでしょうし、「そう言えばあの人は……」的な人物が頭の中に浮かぶ人は多いでしょう。まして、例えば事業に失敗したりして親戚との連絡を絶ち、ひっそりと暮らしていた一家の最後の一人が死んだとして、そのことに誰が気づけるのか──、「家族関係の崩壊」ということでこの問題を片付けようとしている人も見受けられますが、そんな簡単な話ではないように思います。

    まず、この問題は、これはメディアでも語られていますが、性善説に立ちすぎたということが拡大させた大きな原因であることに間違いはありません。
    つまり、
    ・住所が変われば役所に届けてくれるハズだ
    ・死亡した場合には役所に届けてくれるハズだ
    そして、
    ・失踪したら家族が必死になって探すハズだ
    ・見つからない場合は警察に届けるハズだ
    ・子供は親を、親は子供を保護するハズだし、家族や親類縁者はお互いを気にかけているハズだ……。

    「こうなるハズだっただろう」と考えることはけして悪いことではないでしょう。住所変更をしなければ公的サービスを受けられなくなるという弊害が発生するし、死亡届を出さなければ火葬許可も埋葬許可も受けられずお墓に入れることはできなくなるわけで、単に性善説のみに非ず、こういった諸問題から考えてもこれらのことは守られる「ハズ」であったということもできます。
    さらに、単に性善説に沿ってこれらを実行してくれるように期待していただけではなく、これらはそれぞれきちんと法によってその取り扱いが指定され、ある場合には罰則すら伴っているわけで、「守られるハズのもの」で、かつ「守るべきもの」であったこともわかります。

    例えば、住民基本台帳法第3条では第3項に、「住民は、常に、住民としての地位の変更に関する届出を正確に行なうように努めなければならず、虚偽の届出その他住民基本台帳の正確性を阻害するような行為をしてはならない。」と定めており、第22条から24条にかけて、その届けの原則を規定しています。
    第22条 転入をした者は、転入をした日から十四日以内に、次に掲げる事項を市町村長に届け出なければならない。
    第23条 転居をした者は、転居をした日から十四日以内に、次に掲げる事項を市町村長に届け出なければならない。
    第24条 転出をする者は、あらかじめ、その氏名、転出先及び転出の予定年月日を市町村長に届け出なければならない。
    そして、第53条において、これらの原則に対する罰則規定が定められています。
    第53条 第二十二条から第二十四条まで又は第二十五条の規定による届出に関し虚偽の届出をした者は、他の法令の規定により刑を科すべき場合を除き、五万円以下の過料に処する。
    2 正当な理由がなくて第二十二条から第二十四条まで又は第二十五条の規定による届出をしない者は、五万円以下の過料に処する。

    死亡届に関しては戸籍法に定めがあります。
    第86条 死亡の届出は、届出義務者が、死亡の事実を知つた日から七日以内に、これをしなければならない。

    家族間の助け合いについては民法による規定があります。
    第730条 直系血族及び同居の親族は、互に扶け合わなければならない。
    第877条 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。

    さて、こうなってくると住所の届けを出さなかった者が、そして死んだことを届けなかった家族が、助けなかった家族が悪いということになってくるかと思います。今回の件は、死んでいるのに家族が放置した例や、出て行った(失踪した)のに放っておいたなど、そのほとんどは家族に責任があるとも言えそうです。
    ただ、一方で、「国立社会保障・人口問題研究所によると、国勢調査などから今年の85歳以上の独居世帯は61万6千世帯もあると推計されている[産経新聞]」そうなので、やはり家族の問題だけで済まされるものではないことがわかります。
    もちろん家族や親類間の互助があれば独居老人の問題はある程度は解決されるかもしれません。「頼るべき家族がいない」という例を除いて、ということですが。


    で、僕は、今回の問題は公務員批判とは別次元の部分で、やはり行政の怠慢が招いた結果だと思います。そしてその怠慢はシステムの不備によって当然に引き起こされたのだと考えます。

    まず、行政の怠慢だとする根拠、それは行政による職責放棄です。
    国家公務員法では職員の職責を以下のように定めています。
    第96条 すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。
    第101条 職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。
    地方公務員法にも同様の規定があります。
    第30条 すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。
    第35条 職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。

    そして、地方公務員法において、
    第3条 地方公務員の職は、一般職と特別職とに分ける。
     2 特別職は、次に掲げる職とする。
      3) 臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員、嘱託員及びこれらの者に準ずる者の職
    として、民生委員の職を設けています。

    民生委員は民生委員法によって以下のように定められています。
    第1条 民生委員は、社会奉仕の精神をもつて、常に住民の立場に立つて相談に応じ、及び必要な援助を行い、もつて社会福祉の増進に努めるものとする。
    第14条 民生委員の職務は、次のとおりとする。
      1) 住民の生活状態を必要に応じ適切に把握しておくこと。
      2) 援助を必要とする者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように生活に関する相談に応じ、助言その他の援助を行うこと。
      3) 援助を必要とする者が福祉サービスを適切に利用するために必要な情報の提供その他の援助を行うこと。
      4) 社会福祉を目的とする事業を経営する者又は社会福祉に関する活動を行う者と密接に連携し、その事業又は活動を支援すること。
      5)社会福祉法に定める福祉に関する事務所その他の関係行政機関の業務に協力すること。
     2 民生委員は、前項の職務を行うほか、必要に応じて、住民の福祉の増進を図るための活動を行う。


    で、この第14条第1項第1号「住民の生活状態を必要に応じ適切に把握しておくこと」を根拠として、そして遡って地方公務員法第30条、第35条において、「職務の遂行に当つては、全力を挙げて」「その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のため」に用いると規定されているわけですから、民生委員が住民の生活状態を適切に把握できなかった以上、これはその職務の怠慢であるといっていいのではないでしょうか。

    ただ、ここに一つ大きな問題があります。
    民生委員法によって、民生委員は奉仕者であって、ボランティアであることが明言されています。
    第10条 民生委員には、給与を支給しないものとし、その任期は、三年とする。ただし、補欠の民生委員の任期は、前任者の残任期間とする。

    つまり、行政は、民生委員を住民の生活状態を把握するという目的において地方公務員法における特別職として認め、職務を委託しながら、その活動には奉仕の精神を要求しているのです。これは、自らは外部に出ずに高給を取り、一方で民生委員には無給で炎天下を歩いて回ることを強要しているといっても言い過ぎではないでしょう。
    この民生委員、テレビで杉並区の例が紹介されていましたが、杉並区は人口53万人、29万世帯を抱えており、一方で民生委員の数は420人程度。平均すると1人の民生委員が受け持つのは1250人、690世帯です。「無給」で、「毎日」、2件訪ね歩いたとしてまるまる1年かかるという状況です。もちろん不在者もいるでしょうから、昼夜を問わず、曜日を問わず、毎日2件以上を訪ね歩かなければいけません。そこまでしたとしても住民全員が訪問に応じてくれるハズはなく、これはシステムとして完全に破綻していると言えるのではないでしょうか。


    さて、今回の問題で、行方不明かどうかを確認するために一つの方法が採用されています。それは「高齢者でありながら医療や介護サービスを受けていない場合、行方不明者の可能性が高い」という確認方法です。現実には2年以上に渡って医療も介護も受けておらず、至って元気に生活しているお年寄りもいらっしゃったようですから、確実な方法というわけでもありません。ただ、少なくとも、そういう方法によって、一応の目星をつけることは可能なハズです。

    では、これをもっと幅広く応用することによって、その人の活動状態を知ることはできないのでしょうか。
    その考え方はずっと以前から存在してます。いわゆる「国民総背番号制」です。
    Wikipediaによれば「国民一人一人に重複しない番号を付与し、それぞれの個人情報をこれに帰属させることで国民全体の個人情報管理の効率化を図る。氏名、本籍、住所、性別、生年月日を中心的な情報とし、その他の管理対象となる個人情報としては、社会保障制度納付、納税、各種免許、犯罪前科、金融口座、親族関係などがあげられる。多くの情報を本制度によって管理すればそれだけ行政遂行コストが下がり、国民にとっても自己の情報を確認や訂正がしやすいメリットがある」と解説されているこの背番号制、いったいなぜ導入されないのでしょうか。
    その反対意見の多くは情報流出の問題と、いわゆる「プライバシー」の問題だと考えられています。ただ、情報流出の懸念から言えば、例えば一人一人にユニークな番号を割り振った上で、個々の、例えば本籍を知るために、性別を知るために、生年月日や保有銀行口座を知るために、さらにユニークな番号を掛け合わせていくというような管理によってある程度のブロックはかけられるでしょうし、氏名や本籍、住所などと、それ以外の情報とを別媒体(例えばそれ以外の情報はデータで、氏名等は紙媒体など)で管理するという方法だって考えられます。
    それに、そもそもそのことによって役所仕事が大幅に軽減され、公務員定数が大幅に削減され、住民税などのコストが下げられるのであれば、それとひきかえにプライバシーをある程度流出させる危険性を覚悟するという考え方だってできるはずです。
    これはクレジットカードを例に挙げればよく理解できます。我々は自ら望んで、世界中でキャッシュレスで買い物ができるという利便性と引き替えに、クレジットカード会社に自身の住所、氏名、生年月日、電話番号、勤務先とその規模および年収、利用銀行口座を伝えているわけです。他にも、既に我々の情報は、電話会社によって電話番号が、銀行によって保有資産が、レンタルビデオ会社によって趣味や嗜好が、かつそれぞれの機関によって、住所も氏名も電話番号も押さえられているわけで、それらの情報が流出することにいったいどれだけの人が危機感を感じながら生活しているというのでしょうか。もちろん、総背番号制によって、あらゆる情報が多元的に管理されれば、その情報は貴重なものとなり、それが流出する危険性は現在より考慮されるべきでしょうが、例えば、TSUTAYAで発行しているTポイントカードはすでに50社以上と提携しており、それはそれらの提携会社間で我々の個人情報が共有されていることを表しています。
    この情報共有に危機感を持つのであれば、例えばある会社がこの総背番号制によるIDをその会員登録の際に用いたとした場合、それをそのままの状態で保管せず、日々、あるいは1分1秒ごとに変化する乱数などでスクランブルをかけて保管するといったやり方だってあるはず。大切なのは情報の流出やプライバシーの問題を持ち出して利便性を排除することではなく、どのようにしてそれらを安全に活用するかを考えることです。そもそも、今回の問題にしても、そうやって失踪者を届け出なかったことによって年金が不当に搾取されているわけで、プライバシーがどうこうと言ってる場合でもないのではないでしょうか。
    ちなみに、ですが、高性能なカーナビゲーションを買えば、そこには全国の個人の住所と電話番号、氏名がデータとして記録されているわけで(NTT電話帳情報)、実際には世の中の多くの人々のプライバシーは、すでに流出しているといっても過言ではない状態でもあることも付け加えておきます。

    で、こうやって総背番号制を導入することによって、どのようなサービスをいつ受けたのかが瞬間的に把握することができるわけで、役所の職員は民生委員に個別訪問などさせずに、データ管理をすることで状況把握ができるようになるはずです。ある程度の平均値を取り(例えば乳幼児や高齢者の通院回数や、銀行などの利用率、電話や携帯電話の使用頻度等)、それに合致しないデータを洗い出せば、乳幼児の虐待も、老人の孤独死も、あるいは振り込め詐欺も防止できるかもしれません。
    図らずも昨晩「サマーウォーズ」で、データに依存した社会の脆弱性が描かれていましたが、そういったシステム障害はある程度は起こりうるもの。紙媒体による人的管理だって、紛失や天災などによって使えなくなる可能性が高いわけですから、データだから脆弱だということにはならないはずです。


    さて、こうした総背番号制を導入するとか、民生委員の負担を考慮するとか、そういった以前の話としてやはり行政の怠慢であるという考えができる事例もあります。それは各省庁からの指導として行われ、法と同様の効力を持つとされているもの、通達や先例、回答といったものの存在です。

    1つめは昭和32年1月31日の「法務省民事甲第163号回答」と呼ばれるもの。
    100歳以上の高齢者については、その者の所在が不明で、かつ、その生死及び所在につき調査の資料を求める事ができない場合に限り、戸籍謄本及びその附票の写しのみによって、職権消除の許可をすることができる。
    2つめは昭和32年8月1日の「法務省民事甲第1358号通達」。
    戸籍の附票に住所の記載の無い90歳以上の者で生存の見込みの無いものについては、関係者から戸籍消除の申し出があった場合、監督局長の許可を得て、死亡を原因として除籍して差し支えない。

    つまり、90歳以上の高齢者については関係者から申し出があった場合にはその戸籍を消除、除籍することができ、100歳以上に関しては申し出がなくとも職権によって消除することができるわけです。
    つまり、まさに今回の件で、100歳以上の高齢者に数十年に渡って医療保険の申請記録もなく、かつ年金の申請も行われていないような状況が続いていた場合、その戸籍を消除していいわけで、戸籍係が日々その業務を怠ることをしなければこの問題も起きなかった、とも言えるのです。

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    「子供手当」をもう一度考える。

  • 2010.04.08
  • 改めて子供手当の話。

    前回、子供手当は国内に生活する100万ともいわれる中国人・朝鮮人を対象としたもので、そこに参政権をセットで突っ込んで、この表を獲得するための愚策と書きました。で、主に、在日外国人について書いたので、今日は子供手当の抱える問題点について書きます。改めて僕が書く内容でもないですが、我が子の出産が迫っているため、人ごとではありません。

    で、子供手当。
    改めて、これはなんのための手当なのでしょう。子育てを国が応援し、結婚しても出産しても安心して暮らせるための制度作り、いわば「少子化対策」の一環であることは間違いないように思うのですが、読売オンラインの記事「子ども手当、7割が「子供のための貯蓄に」」。
    これによると、子供手当が支給される15歳以下の子供がいる家庭(山形県内450世帯の57.8%=260世帯)に、子供手当の使い道を尋ねたところ、「子供のための貯蓄」が68.1%となったという。
    ほかに、古い記事では、朝日comの昨年12月の記事「子ども手当て使い道、最多は「貯蓄」」というのもあります。
    これによると、全国調査では貯蓄は37%と上の結果よりは少ないものの、「保育・教育サービス」が30.6%、「子供服など物品購入」が18%だったといいます。で、この朝日comの記事の興味深いのは、年収1250万円以上の世帯では、「保育・教育サービス」に使う割合が6割を超えたにも関わらず、300万円未満の世帯では同割合は23.8%に留まったということ。
    これはいったいどういうことか。というか実にマズイ結果と言えるのではないでしょうか。

    まず、少子化対策に使われることを、そしてそれにより経済効果を期待したものの、その効果はほとんど見込めないということ。そして、所得の高い人の子息はそれによって、高等教育を受ける機会がさらに増えるということ、これは明らかにマズイですよね。

    子供のための貯蓄にしても、満額となった場合、年額は31.2万円。15年全額だとすると468万円。15年分の利息など考えればおよそ500万という貯蓄を政府がしてくれることになります。これが大学の学費になるのか、それとも子供に渡して子供が好きに使うのか、だとしたら15年後には経済効果は期待できるのかもしれないけれど、少子化対策にはまったく関係ないということに。
    まして、国内に住所を持つ外国人の(海外に残されている)子供にも支給されるわけで、1人あたり31.2万円を政府が無償で国外にばらまくことになるわけです。その額なんと、1年間で3,120億円。15年では4兆6800億円! もちろん100万人全員に子供がいるわけではありませんが、子供が1人ということもないわけで、この5兆円弱という金額が極端に少なくなることは考えにくい話。仮に1/5だとしても1兆なわけで、国債残高が1,000兆円にも迫ろうかという赤字財政のなかで、どうして海外に何兆円も支出しなければならないのか、まったく意味がわかりません。
    しかも、その子供を確認する手段は各自治体に任せるというのだから、なおさら意味がわかりません。その支給対象を「日本に住所のある15歳以下の子供を持つ親」に支給するのではなく、「日本国籍を持つ子供の保護者」とすればさまざまな問題が解決できるように思うのですが、いかがでしょうか。
    これなら、児童擁護施設にいる子供にも、海外にいる親が日本に子供を残している場合でも、もちろん、日本人の子供でありながら親子そろって海外にいる場合にも、とにかく支給対象は日本人となります。その経済効果は期待できなくとも、不公平感は是正されます。わけのわかんない外国人の子供には支払われて、養護施設で苦労している子供には支払われないのでは、圧倒的に自国民のための制度とは言えないはず。そこが是正されるだけでも価値があると思うのです。
    支給の条件は、読売オンラインの記事「海外在住の子ども手当、年2回面会など条件
    によると、「年2回の面会」や「4カ月に1度の送金」「来日前の同居」など、厳しくされる見通しらしいですが、それは外国人の不正受給を防ぐ目的でしかありません。自民党のセンセイが発言していたように、「アラブの王様が……」は解決していないのです。

    で、教育問題。
    これは高校の無償化にも同様の懸念があります。つまり、富裕層に対しても、子供手当、高校無償化は制限がないため、そもそも子供の養育に関して金銭的労苦を感じていない世帯では、子供手当と無償化によって浮いた費用を、全額、塾などに充てることができるわけです。一方で、収入の少ない家庭では、それらの浮いた費用は、苦しい家計費に回されることになるわけですから、富裕層と貧困層の教育ギャップはますます広がることになります。ただでさえ、世帯収入と子供の学歴は比例関係にあるのに、それがさらに助長される結果となるわけで、看過できる話ではありません。
    もうひとつ、高校無償化の話で言えば、私立と公立の学費補助額の違いにも違和感を感じます。
    というのは、一般的に地方では、優秀な子供は公立に行く傾向が高いからです。私立はそもそも地方には少ないわけで、出来のいい、上位数パーセントは確実に、その地方の最優秀公立高校に進学します。2番手、3番手も公立高校という地方も少なくないでしょう。そうなると、中堅の子供(つまり、世帯収入と子供の学歴の比例関係から言えば、並の世帯収入の子供)が私立高校に行くわけで、優秀な子供は無償で公立に、さらに浮いたお金で塾等に、中堅の子供は私立で負担もあって塾に行けずに、という構図が完成します。「私立はお金を持った富裕層の師弟が通う」という見解は、都内などの都市部に見られる構造で、広い地方ではそれは必ずしも当てはまらないのです。

    こういった問題をたくさん抱えたままはじまった子供手当と高校無償化。これを永年の制度としたいのなら、もっと確実に詰めて、徹底論議を交わした上で、全議員・全国民納得の上でスタートすべきであったのに、欠陥だらけのままスタートする以上、選挙対策のバラマキと言われても致し方ないでしょう。

    で、我が家ではどうするか。
    もちろん、子供の学資保険と、臍帯血の保管料に充てます。当然です。

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    まずは選挙改革から……、できっこないか。

  • 2010.04.03
  • 民主党が酷い。
    政権が誕生して半年以上、そしてこの夏には参院選挙があるわけで、ここで過半数をとって絶対安定政権を目指そうというわけですが……、あまりにも、あまりにも酷い。

    酷いというより、もっと強く思うのは、「騙された」という思いです。善良な何も知らない国民は、本当に心の底から「騙された」という悔しい思いでいっぱいだと思います。

    民主党は「やってくれる」と思っていました。これまでの官僚や一部特権階級、利権を抱えた、いわゆるこの日本を駄目にしてきたA級戦犯たちを、その国民から得た「力」で、どんどん解体し、一般国民にとって過ごしやすい、暮らしやすい、「健全」な国家運営をしてくれるものだと思っていました。
    ところが、違っていました。
    政権を取ってこの半年、見えてきたものは正直言って、自民党時代となんら変わらない、むしろ、それよりもあからさまな利権への擦り寄りでした。民主党が自民党より減らすことのできた唯一のもの、それは公共事業費だけ。それは国民にとってわかりやすく、無駄な象徴として捉えやすい、そのことだけが理由とも思えてしまいます。そうやって目先を別の方向に向けておいて、実はとんでもない酷い政権運営を行っていこうとしているもの、それが民主党だと感じています。もちろん、減少させた公共事業費にもからくりはあるわけで、単に減らすだけでなく、きちんと増やしているものがあり、その増やしたものの中から「公共事業という名目ではない公共事業」が行われることになるのかもしれませんし……。

    さて、この半年で民主党がぶち上げたもの、子供手当、外国人参政権、郵政改革、高速道路料金の改正、診療報酬改定、国民年金保険料……、そのすべてが国民にとって負担を強いるものであり、かつ、その多くが国民から反発を受けているにも関わらず、着々と進められようとしています。その根底にあるもの、それは国民目線なんかではない、あからさまな選挙対策、利権政治でしかありません。

    ひとつずつ詳細に解説していくのはあまりにも行数を稼いでしまうのですが、少しずつでも話を進めてみます。

    まず、子供手当と外国人参政権、これはセットのようなもの。考え方の根本が同じ。
    単純に考えれば、子供手当は日本の少子化対策には有用のようにも思えます。おむつ代やミルク代、子供の洋服や食費など、子供が増えることによって増大する家計費を国が補助してくれるのであればそれはそれでありがたい。このことをもって自民党が「国によるバラマキ」であると非難していますが、地域振興券や定額給付金、高速千円やエコカー割、エコポイントなど、無理無理にバラマキを行ってきた自民党から、「バラマキである」という指摘を聞かされたところで、国民は「何を言っているのだろう」としか思えません。こんな無能な指摘より、もっと強く指摘しなければいけなかったのは、この子供手当の支給対象が「日本国内に住所を置く親」とされていること、自民党の一部センセイが「アラブの国王が……」と言って騒いでいたあの部分です。
    法務省によると、平成20年末における国内の外国人登録者は220万で、日本における総人口比は2%弱。その内訳を見ると、中国がその約30%を占める65万人、次いで朝鮮・韓国が59万人(同26%)という構成比となっています。ちなみに中国は19年末に比べて8%(5万人弱)の増加となっており、この数字はこれからも増え続けるでしょう。
    つまり、中国・朝鮮・韓国だけで、その半数以上となる外国人登録者に対しても、子供が存在する限り(例え、その子供がどこにいようとも)子供手当は支給されることになります。これは明らかにおかしな政策であるとしか言いようがありません。中国などは特にその人口増加が問題視されているような国であるにも関わらず、日本国がその子供たちを育てることになるというあまりにも大きな矛盾がそこにあるのです。例え、総人口比がわずか2%だとしても、その2%ですら切り詰めなければいけない国の財政事情を勘案しても、あまりにも愚策であるとしか言いようがありません(もちろん、2%すべてが子育てをしているわけではない。けれど、日本人においてもすべての人が子育てをしているわけではないことを考えれば、子育て中の外国人は当然に2%に帰結するだろう)。
    そして、外国人参政権。自国に置いてきた子供に対してまで子供手当を支給してくれる、「優しい法律」を定めてくれた民主党は、外国人参政権の実施において、圧倒的に有利な立場に立つことでしょう。そもそも、参政権を認めてもらえただけで民主党に投票する可能性が高いうえに、お金も恵んでくれるのだから。
    さらに言えば、この外国人参政権において、興味深い事実があります。外国人登録者の多い10都道府県は、東京、愛知、大阪、神奈川、埼玉、千葉、静岡、兵庫、岐阜、茨城となっていて、この上位10都府県で全国の70.7パーセントを占めています。これらは当然に大都市圏もしくはその周辺県であり、外国人が出稼ぎに来ている事実から考えれば至極当然のことですが、逆に言えば、これらの大都市圏というのは選挙においては浮動票、つまり強い支持基盤を持たない票の多いところでもあります。これらの大都市圏は、注目されない選挙において投票率は低下する傾向にありながら、その抱える議員数は多い場所です。そこに、上に書いたように、参政権と子供手当というふたつのお土産を与えられた外国人登録者という、強い民主支持層を作り上げようという魂胆を見て取ることができます。
    もちろんこれは、そう考えるのならば、という結果ありきの考察ですから、その本意はわかりません。けれど、明らかにそう考えることが不自然ではない、と言えると思います。

    それは郵政改革における明らかな方針転換から考えればよくわかります。
    これも非常に大きな問題を孕んでいて、なぜこれだけ国民が無関心でいられるのかと疑問にすら思う話ですが、郵政改革は明らかに不自然な方向に進んでいます。これはとにもかくにも50万票とも100万票とも言われる「郵政票」の取り込み、そのことだけが目的であることから起きたゆがみでしょう。
    国が1/3の株券を持つ、銀行・保険を郵政事業の下にぶら下げる、預貯金残高を2倍に引き上げる、これがどういう意味を持つのか、なぜそんなことをしなければいけないのか、これは、少しでもメリットを感じられる子供手当と違い、国民にとってはまったくメリットのないことです。すべては郵政票のために、そのことだけに改革が行われるわけで、断じて許されることではありません。
    知っての通り、郵政票は国民新党が握っています。そしてその票田は厚く、揺るぎない。なぜなら、郵便局員たちが、全国各地の高齢者たちに声をかけ、その支持する候補者に投票するように呼びかける集票マシーンとなるからです。いわば政府が税金を使って選挙活動を行っているようなもの。民主党はこのほかにも日教組など、同様に税金を使って選挙活動を行っているようなところから支持を取り付けていて、だからこそ、民主党では改革なんかは出来はしなかったのです。 そして、民主党は自分たちの支持率が圧倒的な勢いで落ちている今、こういった強固な、数えられる得票を確実なものにしたいと考えているわけで、そのためだけに自分たちがこれまで推し進めていた路線を変更してまで郵政票の取り込みを狙ったに過ぎないのです。
    ある民主党議員がテレビで言っていました。「これまで銀行にどれだけ公的資金が使われたのか。それに対して郵政には公的資金が使われていない。健全経営であり、国が担保したとしても危険はない」と。これはまったくの詭弁です。確かに銀行には公的資金が使われています。ただ、それも「りそな」という巨大銀行の破綻であっても、使われた公的資金はわずか2兆です。郵政は総資産300兆とも言われる巨大金融機関となる。1/3を政府が担保するのなら、その額は100兆で、銀行につぎ込まれた公的資金とは比べるまでもありません。また、「郵政に公的資金が使われていない」というのは明らかに事実をねじ曲げている誘導です。郵政は税制面での優遇措置を受け続けており、それは公的資金と同じ性格を持っています。事実、今回の改正でも、事業間における消費税500億円の免除という案も出ています。これは、毎年500億円の公的資金がつぎ込まれるのとなんら変わりはありません。

    長くなりすぎたので最後に診療報酬改定について。
    これも数十万票とも言われる票田の獲得を目指したものに過ぎません。小泉改革において、診療報酬は引き下げられ続けてきました。日本人に植え付けられた「医師=お金持ち」という構造に何も変化が生じていないことを考えても、診療報酬が医師不足を招いているほど安すぎるとは考えられません。それより問題なのは、美容整形外科に代表されるような、命に関わらない、治療ともとれないものについても医師免許を必要としていることです。日本の大学には政府から助成金が支出されています。その額は大学関係者から言わせれば「微々たる額」かもしれませんが、美容整形外科を生み出すためにもこの助成金が充てられていると考えるとどうにも腑に落ちない。健全な医師増加、国民1000人当たりの医師数がOECD平均の2/3でしかないという環境を改善しようとするのなら、必要なのは診療報酬の増額ではないことは明らかでしょう。
    また、今回の改定は大規模病院にとって恩恵が多く、中小診療所にとっては実質的に意味がないとも言われています。地域医療を根本で支えているのは言うまでもなく中小診療所であって、それらに対する恩恵が少ないのは、そこに日本医師会が関わりが少ないからとしか言いようがありません。そして、今回行われた日本医師会の会長選挙において、第18代会長となった原中氏、彼は民主党に太いパイプを持ち、前回の衆議院選挙でいち早く長年の自民党支持から離脱した茨城県医師会の会長であったことを付け加えておきます。

    そのほかにも長崎県知事選や東京都議会補欠選挙でのあからさまな利益誘導など、民主党の利権追求主義はすべてが選挙に向けられています。これは言うまでもなく、小沢氏を中心とした民主党の実態を表しています。
    こんな党に政権を握らせてしまった我々の罪は深く、本当になんとかしないとこの国は大変なことになります。その改正させる一番の手だて、それはとにかく「金がかかる」と言われる選挙制度を改革すること。それによって、上に書いたような一部団体や利権を持った人たちに擦り寄るような政治から脱却することができます。ところがところが、それを期待したはずの政権与党が……、あーぁ。

    テーマ : 民主党・鳩山政権
    ジャンル : 政治・経済





    電子制御の不安。

  • 2010.02.25
  • トヨタが相変わらず痛めつけられていますね。
    もちろん、攻める側、守る側双方にそれぞれの理由があるわけで、攻める側からすれば「痛めつけられた」ことによる攻めであるとも考えられるわけですから、一方的に痛めつけられているとも言い切れません。
    ただ、同じ日本人として、また、米国議会がビッグ・スリーと呼ばれる米国自動車会社のトップに対して行った公聴会の様子を見るにつけ、どうにも理不尽に痛めつけられているという感覚を拭いきれません。

    そもそもこの問題、いろいろとわかりにくいところがあるので幾つか上げておきます。

    まず、昨年8月に起きたレクサスES350での4人死亡事故。これをきっかけにして一気にリコールが噴出したとも言われている事故ですが、この件についておさらい。


    昨年8月28日、カリフォルニア州高速警察の隊員であるマーク・セイラーさん(当時45)は米カリフォルニア州サンディエゴ郊外をレクサスES350で走行中、アクセルペダルが戻らなくなって前の車に交差点で衝突し、道を外れて河原に激突、運転手を含む4人全員が即死したもの。
    以下はそのときの通報内容を日本語訳したもの。

    司令室:こちら911、どうしました?
    男性:はい、今レクサスからです。
    司令室:聞き取りにくいのですが。
    男性:いま、125号を北方面に向かっています。アクセルが戻らないんです。
    司令室:なんですか?
    男性:アクセルが戻らないんです。125号線です。
    司令室:125号北方面、どこを通過中かわかりますか?
    男性:ここはどこかわかるか? 120マイル(時速190km)も出てる! 場所はミッション・ゴージだ! もうだめだ…ブレーキも効かない。
    司令室:了解。
    男性:フリーウェイの終わりまであと半マイルだ。
    司令室:車をターンするとか、なにかできることはありませんか?
    男性:交差点に近づいてる。みんなしっかり掴まれ! 掴まれ! 祈れ! ああ…。

    この事故の調査結果から、フロアマットがアクセルペダルにひっかかったものと推定、「トヨタ自動車は25日、フロアマットがずれてアクセルペダルを戻せなくなる恐れがあるとして、米運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)にリコール(回収・無償修理)を届け出ることを正式決定した。対象は少なくとも計426万台にのぼる見込み。米国にトヨタが進出した57年以来、同社として米国内では最大規模のリコールとなる(asahi.com)」

    さて、問題はフロアマットだけかと言えば、そうでもない。
    死亡した男性は、その通報のなかで、「ブレーキも効かない」ことを訴えています。
    通常の考え方から言えば、例えアクセルペダルが戻らなかったとしても、
    ・ブレーキを踏む
    ・サイドブレーキを引く
    ・ギアをニュートラルに入れる
    ・エンジンを切る
    ・車を側壁にこすりつける
    など、幾つかの防御策は考えられます。運転者はハイウェイ・パトロールの隊員であり、これらの知識がなかったとは考えられません。

    では、なぜ事故は起きたのか。
    僕は専門家ではないので、事故原因を特定しようとか、そういうつもりではありません。ただ、個人的な興味から、なぜ? と思わずにいられなかったので、いろいろとまとめて考えていきたいと思っています。

    で、その前に、アクセルペダルがフロアマットにひっかかる問題のリコールのきっかけとなったこの事件、実は関連性はないと考えられています。問題を複雑にして申し訳ありませんが、事実として伝わっていることを正確に記述してみます。

    10月18日 asahi.com配信の記事。
    ニュースも元記事にはすでにアクセスできなくなっているので、魚拓から引用。
    >>>米国で4人死亡の暴走事故を起こしたトヨタの高級車レクサス「ES350」は、犠牲者がトヨタ系販売店から、自分の車を整備のため預けている間、借りていた「代車」だったことが分かった。ES350の所有者は、フロアマットがずれると暴走する恐れがあることを07年のリコールを通じて知らされているが、今回の犠牲者は自らの車はリコール対象でないため危険性を認識しないまま乗っていた可能性が高い。
    (中略)
    これまでの調べで、代車の運転席には、トヨタ純正だがES350用より前後がやや長い、別のレクサス車用の全天候型フロアマットが装着されていた。
    (中略)
    代車に全天候型フロアマットを取り付けたのがセイラーさんなのか販売店なのか、地元警察当局は明らかにしていない。しかし、セイラーさんがES350の所有者で07年のリコール通知を受けていたなら、こうした長い全天候型フロアマットが付いた車に乗らなかった可能性がある<<<。

    さらに10月14日 asahi.com配信の別の記事。
    >>>トヨタ自動車の米国でのリコール問題に関連し、米運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)が08年、同社の高級車ブランド「レクサス」を対象とする調査報告書をまとめていたことが分かった。回答したユーザーの1割が意図せずに加速する「暴走」を経験。
    (中略)
    NHTSAによると、調査はユーザーの苦情を受け、07年モデルの「レクサスES350」を対象に実施。1986人のユーザーにアンケートし、600人が回答した。報告書によると、回答者のうち59人が「意図しない加速を経験した」と答え、その中の35人は全天候型フロアマットを敷いていた。
    (中略)
    トヨタは調査を受け、報告書がまとまる前の07年、「レクサスES350」と「カムリ」の一部で、オプション販売の全天候型フロアマットを交換するリコールを実施した<<<。


    さて、改めて。
    上に記述したとおり、トヨタはフロアマットの不具合を認識し、リコールを実施したのにも関わらず、事故を起こした車には(純正ではない)危険なフロアマットが敷かれていたことになります。
    フロアマットを敷いたのが誰かは明らかにされていませんが、きちんとした対応がされていれば事故は起こらなかった可能性は否定できません。
    一方で、どういう原因であれ(それが人為的ミスであれ)、アクセルペダルが戻らなくなった場合、なんらかの対処が可能であれば事故は防げた可能性もあります。それが上に掲げた5つの方策です。もう一度書きます。

    A.ブレーキを踏む
    B.サイドブレーキを引く
    C.ギアをニュートラルに入れる
    D.エンジンを切る
    E.車を側壁にこすりつける

    これらを順に考察していきます。

    【A.ブレーキを踏む】
    事故者は通報でブレーキが効かないことを告げています。
    ここでWikipediaより「ディスクブレーキ」の項を参照。
    ごく簡単にまとめると、「ディスクブレーキは制動力が弱いため、“倍力装置”をつけペダル自体の踏み込みの力を軽減しているため、この倍力装置がうまく機能しなくなった場合、踏み込みに非常に大きな力を必要とするという。
    この倍力装置には負圧、油圧、空気圧を利用したものがあてられることが多いが、小型車では一般的にガソリンエンジンの吸気管負圧が利用されている」

    つまり、アクセルが全開になっている場合には負圧がかからないので、ブレーキ倍力装置(ブレーキ・ブースター)が働かず、ブレーキはほとんど効かないということになります。ちなみに、僕は詳しくはよくわからないのですが、ブレーキの最初の一踏み目には負圧が残っているので、最初の1回だけはブレーキが効くといいます。つまり、何度も何度も踏んではダメで、一踏みで停めるつもりで踏む必要があるとのこと。緊急時にこれは無理です。
    ちなみに、エンジンを切った場合、同様に倍力装置は働きませんので、自力で車を停車させることはほとんど不可能になります(ただし、推進力を止めることはできます)。


    【B.サイドブレーキを引く】
    これもAに関連していますが、現在の車の重量とパワーを人力で、しかもサイドブレーキだけで停車させることはほぼ困難です。サイドブレーキはあくまでもパーキングブレーキであり、制動装置ではないからです。もちろん若干推進力を弱めることはできるかもしれませんが。


    【C.ギアをニュートラルに入れる】
    これはごく一般的に考えられる対処方法だと思われます。AT車で走行中にニュートラルにすることは、トランスミッションを壊す恐れがあるとか、エンジンが焼き付く恐れがあるとか、いや、まったく問題ない、など、ネット上でも意見が分かれているようですが、少なくとも190km/時で走行している車において、とにかく推進装置を止める必要があるわけで、ニュートラルに入れることでエンジンが焼き付こうが、トランスミッションが壊れようがそこに構っている必要はありません。
    ただし、アクセルペダルが戻っていない状態では、空ぶかし状態となってエンジンの回転数は急上昇するでしょうし、ブレーキが効かない状態も続くわけです。緊急対応とはなりません。


    【D.エンジンを切る】
    エンジンを切ると倍力装置が働かなくなりブレーキがさらに効かなくなることは書きました。加えてパワーステアリングやその他、電子制御装置も効かなくなるわけで、高速走行中の危険性は高まるものと考えられます。
    また、エンジンを切るのも一苦労です。近年、イグニッションキーを回すシステムではなく、スタートボタンを押すシステムが多くの高級車などに導入されていますが、このシステムにおいてエンジンを止めるには、このボタンを3秒以上押し続ける必要があるとのこと。緊急時にこれも無理な話です。
    ちなみに、時速190kmで1秒に進む距離はおよそ50m。3秒以上ということは150m以上ということ。普通にブレーキが効いた場合の制動距離を計算してみると、「乾いたアスファルト/乾いたコンクリート/かつ、タイヤは良好」という最高の条件で、時速190kmでは空走距離39.58m、制動距離177.65m、両方を足した停止距離は217.23mということになり、仮にボタンを3秒以上押してエンジンが切れたとして、仮にブレーキが完全に効いたとして、その停止するまでの距離は400mにも及びます。


    【E.車を側壁にこすりつける】
    時速190kmで、壁に平行にあてることができれば、ですが。



    さて、ずいぶんと長くなりましたが、以上のように、このような事態が発生した場合、回避は困難だということがわかります。僕はこの事故の原因を、「電子制御に頼り、快適性を求めすぎた結果」だと考えています。
    以前から日本でもAT車の暴走事故は報告がなされていました。つまり、「アクセルとブレーキの踏み間違い」です。また、パワーステアリングが効かなくなった、窓が開けられない、といったことによる事故例も報告されています。いずれの場合もMT車で、パワーステアリングもパワーウィンドウも付属していなければ起こらなかった事故だといえます。

    今回のアメリカでの事故は「アクセルペダル」が戻らないということが原因で、結果としてブレーキが効かなくなったわけですから、MT車であれば防げたというものではありません。ただ、一息にアクセルペダルを押し込んでいくAT車と違って、MT車ではシフトアップの度にアクセルペダルから足を離す必要があります。従ってアクセルペダルが戻らないという状況に早く気付いた可能性はあったかもしれません。
    いずれにしても電子制御に頼りすぎ、楽なシステムを選択し続けた結果が引き起こした事故だと僕は考えますし、同様の事故がこれまで起きていたであろうことも想像できます。
    ただ、これはトヨタにとっての問題点ではなく、人間と車との関わり方の問題点ではないかと思います。車は確かに便利で、快適性も重要なもののひとつです。けれども、その前に、あくまでも危険なものであるという認識のもと、手動でも操作可能な状態の維持と、緊急停止スイッチ等の設置は必ず行うべきだと思います。
    ちなみにフォルクス・ワーゲンなどは、アクセルペダルが踏まれた状態(戻らない状態)でブレーキペダルを踏むと、フューエル・カットが働き駆動力が抑えられる設計になっているそう。ドライバーがどういう状況であれ、アクセルとブレーキが同時に踏まれた場合は安全を最優先するという姿勢です。これは上に上げた、「アクセルが踏まれていると倍力装置が働かずブレーキが効かない」というものと真逆の発想であり、ごく極めて当たり前の発想だと思います。この機能をつけるだけで暴走事故を減らせる可能性がある以上、積極的に導入すべきです。


    最後に、米国の公聴会で証言をした女性が乗っていた「危険な車」についてのその後のお話。

    【ワシントン】米下院エネルギー・商業委員会が23日開いたトヨタ自動車の大量リコール(回収・無償修理)問題をめぐる公聴会で、急加速を経験したとして証言したロンダ・スミスさんのトヨタの「レクサスES350セダン」が、現在も使用されており、何のトラブルも起こしていないことが分かった。米高速道路交通安全局(NHTSA)の広報担当者が24日明らかにした。
    同スポークスマンによれば、NHTSAが先週、同車の新しいオーナーに聞いたところ、「走行距離3000マイル弱のところで購入し、何のトラブルも経験せずに走行距離は2万7000マイルになった」と答えたという。スミスさんは証言で、2006年にテネシー州のハイウェーで制御不能の急加速に見舞われ、時速100マイル(約160キロ)になった恐怖の経験を涙ながらに語った。その後、スミスさん夫妻は同車を売却した。
    報告を受けたNHTSAの検査官は、フロアーマットがアクセルペダルに引っかかったことが原因と判断した。しかしスミスさん夫妻は、フロアーマットのせいではないと主張。スミス夫人は、車が速度を上げる前にクルーズ・コントロール・ライトが点滅したことから、電子制御系の問題と考えている。


    これもクルーズ・コントロールという便利装置による悪影響なのかもしれません。

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    過去の記事で。

  • 2010.02.17
  • 今日は過去のエントリーで書いていたことがいくつかニュースになっていたので再度取り上げて。

    まず、「自動車業界に広がるトヨタ擁護論!」というダイヤモンド・オンラインの記事から。
    このなかで、「プリウスの協調回生ブレーキ」については「ドライバーのフィーリングの差」であろう、と説明しています。プリウスは回生ブレーキと油圧ブレーキを電子制御によって協調させており、従来の油圧ブレーキのみの自動車とはフィーリングは異なって当然だということです。
    ただ、トヨタはこのブレーキに関してしっかりとした対策を施してきており、(以下引用)「初期の協調回生ブレーキは、初代プリウスが「(業界で)カックンブレーキ」と言われたほど、軽く踏んでカックンとブレーキが効く特異なフィーリングがあった。また、2000年代前半に北米投入された初期のカムリハイブリッドも、ブレーキング時に足裏がムズムズと痒くなるような回生制御の微振動があり、キュイーンという回生ブレーキ発生音もかなり気になった。そうした協調回生の歴史を経て、2009年デビューの第3世代プリウスの協調回生ブレーキのフィーリングは「(初期と比べれば)限りなく普通の車に近い」状態になった。こうした技術革新の実態を知っているからこそ、筆者を含めた多くの自動車業界関係者は「今回のプリウス・ブレーキ問題をリコール扱いとするのは、ユーザーへの過大反応だ」と考えるのである。」とのこと。

    僕はこの記事に全面的に賛成します。
    僕は2月11日のエントリーで、「プリウス問題について騒ぎすぎ」と書きました。そのなかで、「まったく同じ感覚で動かせる車なんてないのが当たり前」とし、「車の特性を、道の特性を理解して、それぞれの環境に適応した走り方をしているのであれば、プリウスだから危険ということはないはず」と結びました。
    ところがこのプリウスのブレーキ問題を、過去に問題になったフロアマットやRAV-4などに発生したフリクションレバー、さらに新しくアクセルペダルでの死亡事故を関連づけて「トヨタ車は危険」「トヨタによる問題隠蔽体質」と騒ぎ立てているのが実情です。
    すべての車にこれらの問題が複合して起こるわけではなく、また、それぞれをリコールして対処しているにも関わらず、この問題はおさまるところを知りません。
    また、こういった問題は新規ユーザーの獲得に大きく響いていきます。トヨタに乗り続けている人、自動車業界関係や自動車が好きな人、自動車に対して「本来的に危険」であると認識できる人、こういった人たちはこの件に関して惑わされることはないと思うのですが、残念ながら、それ以外が大多数を占める社会のなかではトヨタが信頼を回復するのは非常に困難だと考えられます。
    プリウスはトヨタ会心の自信作であったわけではないと思うのですが、世間は「さすがトヨタ」という評価をし、トヨタの代表作として扱いました。そのプリウスに「危険」というレッテルを貼られたわけですから、トヨタブランド全体に対するイメージダウンは計り知れないものになったと言うことです。
    この問題からトヨタがいかにして回復するのか、環境性能、エコロジーという次世代に大きく飛躍する分野を封じ込まれてしまったトヨタにとって出口はまったく見えません。


    長くなってしまいましたが、もう少し。
    次に、「ANAが水・お茶以外「有料化」」というJ-CASTニュースの記事。
    これは全日空が1月29日に新たに公表したコスト削減策のなかで示されたもので、従来は無料だったコーヒーやジュース、コンソメスープなどが有料化されるというもの。
    僕は以前、日本航空について「客室乗務員不要論とともに、ジュースや新聞、毛布に関しても不要論」を書きましたが、これはごく自然な流れだと思います。
    ただ、気をつけなくてはいけないのが、いわゆる「エコノミークラス症候群」というヤツ。他の交通機関と違って、飛行機は長時間同じ体勢を保っている時間が長いということ。また、湿度も平均20%程度と低いことも同症候群になりやすいと言われています。この対処法は適宜体を動かすことなのですが、機内ではむやみにシートベルトを外して動き回ったりすることは逆に危険な行為となります。で、もうひとつの対処法が水分補給です。ところがこの水分が機内では(水とお茶以外、無料で)提供されないということになると、同症候群の発症リスクが高まることが予想されます。また、機内に持ち込める水分の規制もあり、水分補給が余計困難になることも考えられます。
    ところが、この「機内に持ち込める水分量に関する規制」というのが実は誤解して伝わっている可能性が高いのです。

    まず、国際線における「液体物持ち込み制限」についておさらいです。
    成田空港のセキュリティーガイドにはこのような記載があります。
    「国際線をご利用の際は、100ml(g)を越える、あらゆる液体物の航空機機内への持ち込みは禁止です。ジェルやスプレーなども対象となりますのでご注意ください。」
    一見すると、ドリンク類は持ち込めないように思いますので、上記のように全日空がエコノミークラスでの水・お茶以外の無料提供を廃止した場合、それ以外の飲料を飲みたい場合、350mlのビールを500円、300ml入りのコカ・コーラを300円(J-CASTニュース)で買うことになります。
    ところが、本当にすべての(100mlを越える)液体物を持ち込めないのかといえば違います。
    上記セキュリティーガイドによれば、「出国手続き後に免税店などの店舗で購入されたお酒、化粧品類等の液体物は、上記の制限にかかわらず機内へ持ち込み可能です。」と記されています。補足するために成田空港に電話して問い合わせをしたところ、手続き後に免税店等で購入した飲料物(お茶やコーラなど)は持ち込み可能との回答でした。ただし、「他空港で乗り継ぎをされるお客様は、乗り継ぎ先空港の保安検査で液体物持ち込み制限ルールが適用されます。液体の免税品は、最終乗継空港の免税エリアで購入してください。」とのことなので、乗り継ぎがある場合は乗り継ぎ空港で没収される可能性もあるとのことでした。
    一方、国内線に関しては羽田空港に問い合わせてみましたが、保安検査時にドリンクを見せて確認が取れれば機内に持ち込むことは可能とのこと。もちろん保安検査後に売店等で購入した飲料物の持ち込みも可能です。
    というわけで、今後は新幹線に乗るときと同じように、空港でドリンクを買って行きましょう。ただし、こぼしたときの後始末等を考えると、ジュースやコーラなどべとべとするものは控えてもらった方がいいとは思うのですが。


    最後に、民主党小沢幹事長に関して。
    小沢恐怖の“大粛清計画”特捜解体」という記事。
    この記事内にも引用されているように、彼は、「強制力を持った検察の捜査に勝るものはない。その結果、不正はないと明らかになったのだから、国民ははっきり理解していただける」とマスコミを前に語りました。その上で、マスコミに対して、私が不正をしていなかったことが証明されたことをきちんと報道するようにと注文をつけました。
    この発言に対して、同調するというか、納得させられてしまっている人がそこそこいることに驚きなのですが、そもそも、今回の小沢氏に関する捜査容疑はあくまでも市民団体から告発された「政治資金規正法違反」に関してのこと。その規制法違反容疑に関して、積極的に関与したと裏付けるだけの証拠固めができなかったという「嫌疑不十分」であって、「不正はないと明らかになった」わけではありません。事実、彼の秘書三人は起訴されており、政治資金規正法に対して違反があったとされたわけです。
    もちろん、まだ起訴段階であり、今後の刑事裁判を通じてその認定がなされていくわけですが、そういうふうに自分の都合のいいように事実をねじ曲げる小沢氏の発言には本当に怒りを覚えます。
    彼は「国民はこのように説明してもどうせわからないだろう」と考えているのかもしれませんが、小沢氏に対する不信任が80%を越えるような結果となっている以上、そう思い通りにいくかどうか。
    以前のエントリー「「単純なミス」という最低の逃げ口上。」内で「小沢幹事長は、「いずれにしても、きちんと一応の区切りがつきましたならば(略)お答えいたしますが」と述べています」と彼の記者会見内容を引用しましたが、結局終わってみれば「検察の捜査がすべて。これ以上話すことはない」の一点張り。
    やはりこの人、あまりにも不誠実です。

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    プリウスで大騒ぎ。

  • 2010.02.11
  • この1年間はとにかくプリウスでお祭り騒ぎ。
    販売となれば話題騒然で、僕も私もで納車まで数カ月とも。で、ついには2009年、ハイブリッド車としてはじめて年間新車販売台数で1位になったわけで……。
    で、今度は悪い方で大騒ぎ。それはつまり、それだけ売れて、それだけ世間に認知されて、ということの裏返しでもあるのだけど、それにしても、ちょっと騒ぎすぎではないでしょうか。

    毎日.jpのニュースから。「「プリウス」リコールで波紋 「乗車拒否が心配」」。
    記事によると「女性客が『プリウス怖い』とつぶやいたのはショックだった。作業が終わるまで気をつけて乗るが、乗車拒否されないか不安」だとのこと。

    もちろん、僕はプリウスに乗ったことも、運転したこともないので、軽はずみなことは言えませんが、それでも昔アルバイトで車を動かす仕事をしていた関係で、相当な種類の車を運転したことがあります。
    そこでの経験から思うのですが、車っていうのは、例え同じ車種であってもそれぞれに癖があるものだと僕は思っています。ブレーキの遊びが多すぎて、本当に突っ込んで踏まなければブレーキがきかないものもあれば、どんなにアクセルを踏み込んだところでまったく動き出さない車もあります。同じパワーステアリングでも、小指でも回せるんじゃないか? と思えるような車もあれば、両手でしっかりと回してあげないと動かない車もあります。
    これらはもちろん車独自の性能のほかに、タイヤの空気圧や路面状況、ブレーキのへたり具合といった個々の部分の影響もあって、まったく同じ感覚で動かせる車なんてないのが当たり前です。

    プリウスのブレーキが作動しないのはたしかに問題があるのだろうけど、それならそれで、この車はそういう性質があるのか、と認識し、急ブレーキを踏まないような運転を心がければ事故は十分回避できるはず。
    トヨタの説明では「すべりやすい路面では……」ということだったので、なおさらのこと。そもそもすべりやすい路面では、例えどんな高性能の車であってもすべりやすいわけで、そこでブレーキがきかなかったのであれば、きかないほどの速度を出している方が問題。ブレーキを使って停止するのではなくて、止まらなければいけない十分手前からアクセルを戻し、エンジンブレーキを使って徐々に停止するように心がければ、ブレーキがきく、きかないはさほど関係のないことだと思います。

    車で街を走っていてよく感じることは、信号が変わるとブーンと加速して次の信号前で急制動をかけている車がとても多いこと。僕は長らくマニュアル車に乗っていたため、信号が変わったとしてもギアを少しずつ上げていくので急発進とはならず、また、次の信号を見越してギアを落としていくので、ブレーキをさほどきかさずに止まるような運転をしていました。それはオートマチック車となった今でも変わりません。もちろんギアこそ変えませんが、どうせすぐに止まるのだし、むやみにアクセルを踏む必要性を感じないからです。そうすると、後ろの車はイライラするのでしょう、右や左の車線から追い越していき、僕の前に割り込み、信号で急ブレーキ。こういう状況に何度遭遇したかわかりません。
    常日頃から、そういう無理な運転をしていれば、自ずから急ブレーキが必要な場面はたくさん出てくるでしょうし、そんなときにブレーキがきかない、と感じれば、「自分のスピードの出し過ぎ」ではなく「ブレーキがきかない」ことに腹を立てるだろうことも想像できます。

    もちろん、もう一度言いますが、ブレーキがきかないのは言語道断。車の安全性の最重要項目であり、きかないことをトヨタが言いのがれすることは許されるはずがありません。
    ただ、上にも書いたように、車の特性を、道の特性を理解して、それぞれの環境に適応した走り方をしているのであれば、プリウスだから危険ということはないはず。ところが、女性客が「プリウス怖い」とつぶやいた、というのが冗談ではないように、世間では「プリウスだから危険」という認識になってしまっているのはまったくおかしな話です。

    なぜなら、どんなに高性能だろうが、どんなに新しかろうが、車はまずもって「危険な乗り物」であるのですから。

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    「単純なミス」という最低の逃げ口上。

  • 2010.01.16
  • 今現在、このブログは方向性を検討中で、記事を書くことはしていなかったのですが、あまりにも、とのことでつい。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100115-00000643-san-soci
    民主党小沢幹事長の元私設秘書で陸山会の会計事務担当だった石川民主党衆院議員と、後任の会計事務担当だった小沢氏の池田元私設秘書が逮捕された。また、元会計責任者の大久保公設第1秘書の逮捕状も取ったというニュースが伝わってきました。
    1人の議員の秘書が3人も逮捕されたというのは、まさに異常事態であると考えます。

    事件の流れは何度も報道がなされていますから、ここでは取り上げませんが、この事件に関しての当人である小沢幹事長の対応があまりにもひどいです。

    まず、小沢幹事長は今回の事件について「単純なミス」であると何度も繰り返しています。この発言が一番ひどいと思えるので、題名としましたが、簡単に言えば「単純なミス」で済まされるわけはない、というのが僕の考え方です。その上で、「法に触れるようなことはしていない」と言い切っているのですから、誠に不誠実であり、その考え方はとうてい理解できるものではありません。

    僕は例え話を出すのが好きなので今回もあえて例えさせていただきますが、例えば右折禁止の交差点を「うっかり」曲がってしまったとした場合、それは誰の目にも明らかな不法行為です。白バイが近寄ってきてサイレンが鳴らされ、車を停められ、最終的に反則切符が切られることになります。ここでいくら「単純なミス」であると言い逃れしようとしても、そして例えそれが本当に「単純なミス」であったとしても、不法行為をしたという事実が覆るわけではありません。そこで何度も「単純なミス」を繰り返し主張し、反則切符に署名することを拒めば、例えそれが「指定方向外進行禁止(違反点数2/反則金普通自動車7千円)」という軽微な違反であっても最終的に逮捕されることもあるかもしれません。

    今回の事件は、本当に「単純なミス」であるのなら、そしてそうであるのならそうであるほど、少しでも早く解決しなければいけなかったはずです。ただし、「一般的に考えた場合」に納得できる説明ではないため、小沢幹事長が東京地検に説明したからといってそれで解決するものでもないでしょう。では、そういうように簡単なシンプルな説明ができないもの、それが果たして「単純なミス」であるでしょうか。

    確かに、あまりにも単純なミスである場合、「なぜ、そうしたのか(そうしなかったのか)自分でもわからない」ということもあるでしょう。
    「右折禁止」の例で言えば、「なんで曲がったんだ?」と問われても「曲がりたかったから」「曲がってもいいと思っていたから」としか説明できませんし、逆に知らかなった以上、結果として「違反ですよ」と言われれば「すみません」と謝罪し、罪を受けるしかないでしょう。
    そこが右折禁止であることを知っていた場合(今回の事件では「政治資金規正法」に則って記載しなければいけないことは知っていた、のに「忘れた」)、「うっかりした」もしくは「(知っていたけど)忘れていた」ということになるかと思いますが、「なぜうっかりしたのか」「なぜ忘れていたのか」に対応する理由を見つけることができません。もちろん、これが右折禁止の事例であれば「そこが禁止であることは知っていたけど、しばらくぶりだったので忘れてしまっていた」という理由は立つでしょう。けれど、秘書は、もしくは会計責任者は、帳簿に会計を記すことが仕事であり、毎日毎日何件もの収支を記載しているわけで、この「4億だけ」忘れたという理由は成立しません。
    また、仮に、その秘書がとにかく忘れっぽいのだとしたら、民主党の実質トップである小沢幹事長の秘書がそのような「マヌケ」で通用するはずもないでしょう。
    ちなみに、過去に民主党の新人議員の経歴について調べたことがあるので、同じように石川議員の経歴を調べてみると、「早稲田大学商学部卒業」とあります。まして、彼は1973年生まれですから、団塊ジュニアのど真ん中、過酷な受験戦争を勝ち抜いて早稲田大学に合格したわけで、そんな彼が「マヌケ」なはずがないでしょう。

    さて、かようなつたない説明からも、「単純なミス」という言い訳が成り立たないことはわかるでしょう。

    で、小沢幹事長の最低な対応をもうふたつ。

    「これだけ書いてまだひとつ目?」と思われるかもしれませんが、あとのふたつは事件の言い逃れではなくて、気になったこと。

    まず、「国民のみなさんも理解してくれているだろう」という発言。
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100114-00000058-san-pol
    これには鳩山総理も同様の発言をしています。
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100115-00000517-san-pol
    曰く、「こういう問題が選挙前からあったにも関わらず民主党を支持したのは国民だ」という理論ですが、そんな理論が成立するのであれば、この日本に国会議員など不要となります。なぜなら最初にマニフェストを掲げ、それをかけて選挙を行ったのであれば、その後の政策はすべてマニフェストに掲げた通りに「国家運営委員会」的な組織が運営すればいいわけで、何百人もの議員、それをとり囲む秘書に対して国費を払わずに済むので、そうしてもらった方がありがたいというもの。
    それに、そもそも論で言えば、民主党を支持したのではなく、自民党を追放するために民主党を選んだという、消去法による選択の様相が濃い今回の政権交代に、そのような理論を持ち出されてはたまりません。
    我々国民は、少なくとも僕は、「信頼してすべてを民主党に委ねた」のではなく、「民主党に期待した」だけであり、期待はずれの政策や不祥事が起これば、それは例え選挙前からくすぶっていた問題であっても許容できるわけではありません。
    それを理解せず、「信を得ている」という言葉を振りかざす姿勢は、逆に言えばそこにしか拠り所がないようにも見えて、誠に滑稽です。

    最後に、12日の記者会見の様子に関して、詳細を知らない人は下のリンクを必ず読んでほしいと思います。驚愕するので。
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100112-00000598-san-pol

    この記事には記者とのやりとりが全文掲載されているので、その雰囲気は伝わるかと思いますが、特に冒頭の今回の事件に関するくだりがあまりにも記者を、そして国民をバカにしていると思います。

    冒頭、陸山会の土地購入問題について、と質問を切り出した記者に続けて、「あと他にありますか。その、これに関連したの。関連したものであれば言ってください。先に。いっぺんに答えますから」と言った小沢氏。
    これに合わせて記者たちが次々と質問を投げかけるが、「うんうん、はいはい、ほかには?」とさらなる質問を要求。この間、5分か10分か。で、「今、この段階で個別のことについて、私がいろいろと申し上げることは、差し控えるべきであろうというふうに思っております」が答え。
    そうならそうで、なぜ最初に言わないのか。なんのための記者会見なのか。
    続けた言葉の中に「意図的に法律に反するような行為は、していないものと信じております」とあったけれど、ではなぜ答えることができないのか、と本当に憤慨させられる場面でした。

    今までも、これからも、「捜査中のため」という言葉が「ノーコメント」の代用として多用されることがあるでしょうが、一般的には、不正がないのなら公明正大に話せばいいじゃないか、と思うのが通常の感覚。
    もちろん、憲法第三十八条や刑事訴訟法第四十七条によって、本人に不利益となる証言は拒むことができ(これは取り調べや公判の段階ですね)、刑事事件と扱われた場合(大久保秘書は立件されてますね)、むやみに公にしてはいけないことはわかります。
    ならば、公にせずとも、東京地検の聴取に応じ、「地検ですべて話してきました」とすればいいわけで、聴取にも応じない、記者会見でも話さないでは、いったい、いつ・どこで・どうやって説明をするのかがわかりません。

    上の記者会見のなかで、小沢幹事長は、「いずれにしても、きちんと一応の区切りがつきましたならば(略)お答えいたしますが」と述べていますが、それは捜査が終了した後ならば話すということでしょう。となると、当然、捜査によってわからなかったことは話すはずがなく、場合によってはすべてが闇のなかのままという事態も考えられます。

    国民はそういう古い政治の体質をいつまでも続けている自民党に辟易して民主党に希望を託したわけで、民主党も結局、自民党と同じということになれば、本当にこの国は崩壊してしまうでしょう。小沢幹事長や鳩山総理が自民党出身であり、小沢幹事長などはまさに「ザ・自民党」であったわけですから、期待した方がバカだったということになるのかもしれませんが、「結局同じ」という感覚を国民に与えることは、この「変革」を旗印とした民主党にとっての最大の裏切りであると思うのです。


    テーマ : 民主党・鳩山政権
    ジャンル : 政治・経済





    小沢君、君は……。

  • 2009.12.15
  • 民主党小沢幹事長がまたやってくれました。
    どうにもこの人はさまざまなことを完全に勘違いしているようで、民主党、さらには日本にとって「老害」以外のなにものでもありません。

    これはもちろん「天皇陛下と中国の習近平国家副主席との会見が特例扱いで決まった問題」についてのことですが、この記事中にある、羽毛田長官の意見「「これまでの(1か月)ルールで会見をお断りした国に、『うちは政治的に重要でないのか』と言われた時、どう答えたらいいのか」がすべての本質を示しているように思います。

    小沢君は憲法論や政治主導論などを持ち出して、この1カ月ルールを批判しているようですが、では、他国が今回の中国国家副主席と同じ準備期間(1カ月以内)で会見を希望してきた場合、あるいはそれよりもさらに短い期間で会見を希望した場合、どうするのか、と聞きたい。
    仮にそこでまたもや特例を振りかざし会見を決定させたとして、それよりさらに短い期間での会見が希望されたら? 最終的に「今すぐ会いたいんだけど」的なことが行われたらいったいどうするのか、と本当に問いただしたいものです。

    「そんなことはあるわけない」と思っているのだろうけど、ルールが破られた以上、こういうことは確実に起こると思っていいでしょう。そのときにその相手国に「中国より劣るのか」と尋ねられたらいったいどう答えるのか、こういった禍根を後生に残してしまったことに対して小沢君はどう責任を取るというのでしょうか。
    さらに驚くのは、自分自身は中国国家副主席との会談予定をキャンセルしているということです。
    曰く、「相手もいろいろな方と会見があってお忙しいでしょうから、結構です」とお断りしたそうですが、では宮内庁も同じ理由で断ればよかったのに、とつくづく思います。

    さて、この1カ月ルール、単に陛下の体調を気遣ってというだけではなく、こうして得られた1カ月は「陛下の勉強時間に充てられている」というもうひとつの大きな理由もあるわけです。陛下はそういった方々とただ漫然と合い、挨拶をして握手をしているわけではありません。
    園遊会などのVTRを見てわかるように、その人がどういう人なのか、なにをしたのかをしっかり勉強して、その人との会話が円滑に行われるように細かい気配りをしているのです。これが他国の首脳であればなおさらのこと、「どこの誰ですか?」「あなたの国はいまどうですか?」なんて話をするわけはなく、自らきちんと会話の糸口となる情報を仕入れているのです。

    で、小沢君は「優位性の低い行事はお休みになればいい」などとも言ってのけたわけで、これこそが陛下の行動に優劣を定めることになり、こう言ってのけたことにより自らの首を絞めたことに気がついていません。
    たとえば、ある国の首脳との会見がルールに基づいて決められていたところに、今回のような特例ルールを持ちこんで他国の首脳との会見を優先させるようなことがあれば、その国とは国交断絶となるやもしれません。また、例えばどこかの式典に出席する予定をキャンセルさせたならば、その式典関係者はさぞかし悲しい気持ちになるでしょう。
    そうやって自分の勝手な屁理屈で多くの人々を傷つける可能性が大いにあるこの問題、見過ごせるものではありません。

    ついでにいえば、小沢君の「国事行為は内閣の助言と承認で行われる」との発言ですが、彼自身は内閣の一員ではないわけですし、この件が閣議決定された事実はあるのでしょうか。また、陛下の外国要人との会談は憲法上、国事行為に属しているとは考えられませんが、このことに関してはいったいどのように考えているのでしょうか。


    これらの独裁的な行動の裏には、選挙で勝ったことを「民意」と勘違いしていることがあるようですが、ここがもうすでに大きな勘違いであることに一刻も早く気がついてもらいたいです。つまり、世間の感情は「民主党が勝った」ではなく「自民党が負けた」なのですから。そしてこの一票は今後の政権運営に向けて「期待」を込めての一票であり、「信任」を得ての一票ではないのです。

    この意見もまとめて民主党に送っておきました。みなさんもぜひ送ってください。我々に与えられているのは投票活動だけではありません。


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    ジャンル : ニュース





    日本航空。

  • 2009.12.14
  • 少し大きなタイトルをつけてしまいましたが、日本航空ことJALが揺れています。
    そのきっかけ、問題点、改善策、解決策、着地点……、さまざまな憶測や意見が飛び交うなか、どうしてもひとつ疑問というか、悪い癖というか、僕もぜひとももの申したいと思ってしまいました。

    今日もゲンダイネットから、「JAL現役スッチーがブチ切れた」という記事が配信されていましたが、その中身はタイトル通り、JALのスチュワーデス(キャビンアテンダントですよね?)が「自分たちがツケを払わされていて憤懣やるかたない」思いを(ホントかウソか)ぶちまけた内容でした。
    また、これはあんまり書きたくはないのですが、日曜の夜の番組で、JALの客室乗務員だった奥さんと、同じくJALの現役整備士の旦那さんとの「思いもよらない苦しい生活」の話が放送されていました。

    ゲンダイの方の記事では「今や自分たちは年収500万程度」という内容があり、コメント欄では「500万ならいいじゃねーか」といった意見が殺到。また、テレビの方では「冬のボーナスがもらえないなんて思ってもいなかった」という夫婦の会話に我が夫婦はポカーン、とOBだけじゃなく、現役世代も、まだまだJALが本当に危険な状態だとは感じていない様子。おまけに声を張り上げる仕事をやむを得ず始めたという奥さんが「客室乗務員のころはあまり大声を出すことはなかったので……」と、なんだか「本気でお金を稼ごうと思ってるの? 生活苦しいとか言ってたんじゃないの?」と思わず問いただしたくなる内容で、いや、はっきり申し上げると、相当イライラさせられる内容で……。

    で、改めて思ったのですが、客室乗務員ってなに?

    で、Wikipediaで検索! してみると、まず冒頭に、「1930年にアメリカ合衆国のボーイング・エア・トランスポート社(現在のユナイテッド航空)が、運航中の乗客へのサービスおよび身体的なトラブルに対応することを目的に、元看護婦を客室乗務員として乗務させたのが始まりである。」との記載が。さらに、「当時まだ「危険な乗り物」というイメージがついていた飛行機を、女性の乗務員を搭乗させることで「女性も乗れるような安全な乗り物である」と乗客にアピールするという意味もあったといわれている。」と続く。なるほど。
    で、読み進めていくと、1960年代、「日本でも、それまでは海外渡航は業務や留学目的のものに限られていたものの、1964年4月1日に」「海外渡航が完全に自由化され」たが、「海外旅行はまだまだ一般層にとって高嶺の花であったこともあり、日本において客室乗務員は「ステータス」の高い花形職業とされていた。」と。
    で、決定的な記載がこれ。「この頃日本において女性客室乗務員が高いステータスを付加されていたのは、外国語の素養がある人は海外と縁のある一部の階層に限られていたことや、航空運賃が高かったために外国に観光などで渡航することが少なかったこと、日本航空などの一部の日本の航空会社においては入社時に家柄なども考慮されたこと、結婚の際に良い条件の相手にめぐり合う機会が多いと考えられてきたからである。また、給与など待遇が一般企業のOLに比べても格段に良かったこともその一つであった。」と。

    あまり引用ばっかりしても、と思うので、このくらいで止めておきますが、もうこの時点でなんだかおかしな感じがしてきます。
    それはつまり、じゃあ、国内線は? ってこと。

    つまり、国際線に関して言えば、例えば語学に秀でた人を採用しなければならなかったり、あるいは特権階級の相手ができるようなそれなりの身分や容姿の人を採用する必要もあったのかもしれませんが、国内線に関しては、語学も特権階級も関係ないわけですよね。
    まして、これだけ地方空港が乱立し、一般的な旅行に日常的に飛行機が使われるようになった現代において、「飛行機に乗る」ことはけして特別なことではなくなったはず。
    で、JALの公式サイトで、例えば一般的な出張を想定して、12月15日(火)朝8時に羽田を発って福岡(10時着)へ、翌16日20時に福岡を発って羽田(22時着)に戻ってくるという条件で料金検索をします。すると、往路復路ともに16,300円で、計32,600円と算出されました。
    次にJRを利用するとして、新幹線のぞみの場合を調べてみます。こちらは朝8時東京発ならば、博多13時着となり、運賃は13,440円+指定券8,880円=22,120円、往復では44,240円となります。のぞみの場合、自由席に乗れば指定券が7,770円に割引となり、さらに往復で買えば、運賃13,440円が1割引になるそうで、計算すると運賃12,090円+指定券7,770円=19,860円となり、往復では39,720円となりました。うーん、JAL安し!

    もちろんこれは季節的なことや時間的なことも反映しているものですから、単純比較はできません。特に飛行機の料金は差が大きいですし、たまたまということも。例えば土日(12月12日~20日)の往復なら、67,800円と平日の2倍以上の金額となりましたし。

    でもまぁ、いずれにしても、場合によっては新幹線より安い料金で時間も短く、しかもテレビが見られたり、音楽が聴けたり、ジュースや新聞がもらえたり、毛布を貸してもらったりできるのだから、飛行機って素晴らしい!
    って、そういうことじゃなくて、そもそもテレビや音楽やジュースや新聞や毛布は必要なのかってこと。誰もが経験あることでしょうけど、福岡あたりだと、羽田から2時間の旅。シートベルト締めて、飛んで、サインが消えて、ジュースもらって、飲み終わったらもう着陸態勢で、またシートベルト。こんな状態でそんなサービスは必要? というか、そもそもどんな状態であれ、サービスは必要でしょうか? だって、新幹線ではジュースも新聞も自分で用意しますけど、不満を言う人なんていませんよね?
    だって僕らはサービスを受けるために飛行機に乗っているわけではないのだから。運搬手段として飛行機を選んだだけであって、サービスがいいから飛行機に乗るわけではないのだから。

    例えば、ホテルに宿泊するのでも同じ。「宿泊」が目的であれば、誰もがビジネスホテルを選択するでしょう。そこに、サービスを期待するのであればシティホテルを、さらなるサービスが必要であれば、星のついたトップホテルに宿をとるのは当然の話。
    で、僕らは運搬手段を求めているのだからエコノミーに座るわけで、その上を求めるのならビジネスやファーストを選べばいい話のはずなんです。
    それが新幹線では、自由席や指定席、グリーンときちんと反映されている(もっと言えば、新幹線より下に特急や各駅停車もありますよね)のにも関わらず、飛行機に関して言えば、ある程度のサービスが提供されることが“前提”となってしまっていて、そのたいしたことのない、不要とも思われるサービスを提供するために、客室乗務員という不要な人材を雇用してしまっているわけです。
    さらに言えば、客室乗務員には「サービス要員」としてだけではなく、万が一の事態に対応すべく「保安要員」という側面も期待されているわけですが、万が一に対応できるとは思えないヒールの付いた靴(たしかに高くはないですが)や、作業を行う上でマイナスとしか考えられないスカート、さらにそれらをなんの理由もなく著名なファッションデザイナーが手がけるといった、よくよく考えて見ればまったくありえない発想が働いているわけで、こんな会社がいままで潰れなかったことはまったく奇跡に値するとしか言いようがありません。


    かようにして、客室乗務員たちは自分たちが本来的には不必要であるにも関わらず、大昔の名残から残っているにすぎない職業に飛行機に乗っても届かないほど高いプライドを持って、首になんのためなのか意味のないスカーフを大げさに巻き、スーツケースを得意げに引き回しているわけです。
    また、整備士たちは「安全は俺が守る」との高い志から「ボーナスが出なくたって仕事の手を抜くわけにはいかない」と張り切りますが、実は鉄道の整備士や線路の保安員、路線バスや一般の車の整備工場の人たちも安全を守っていることにかわりはないわけで、そういった他の整備士のみなさんより高い給料をもらっていることを考えもしません。
    パイロットたちは「自分が多くの乗客の命を預かっているんだ」と、「だから高給でも構わないんだ」と寝言を言いますが、飛行中というのは実はオートパイロットという名の自動操縦で、それこそ寝言も言いたい放題であることを世界中の人が知ってしまっている昨今では笑えない冗談としか思えません。

    このようにして、実体のない職業をでっち上げて、実体に合わない高給をむさぼり続けてきた社員、そしてその浮わついたプライドを抱えたまま定年を迎えたOB達、こういった人々で構成されている会社、こんな会社、果たして存続させる必要があるのかないのか……。どうでしょう、ちょっと言い過ぎですか?


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    いろいろと調べることが好きで、そのことでわかったことを基本に日常の疑問、感じたことなど、日々の話題にいろいろとツッコミを入れていきます。
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